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東京高等裁判所 平成11年(ネ)2955号 判決 2000年2月23日

控訴人(被告) 三菱信託銀行株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 高橋紀勝

同 土井隆

被控訴人(原告) X1

被控訴人(原告) X2

被控訴人(原告) X3

右三名訴訟代理人弁護士 森公任

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  右部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

主文同旨

第二事案の概要(以下、略記等は、原判決に従う。)

一  本件は、被控訴人らのいわゆる総合口座通帳(普通預金、貸付信託、金銭信託、定期預金、これらを担保とする当座貸越等の取引のためのもの)を利用してされた払戻請求等に応じ、氏名不詳者に対して支払われた金員相当額について、右金員支払が預金の払戻し等の効力を有しないとして、被控訴人らが控訴人に対して預金等の払戻しを請求した事案で、控訴人は、債権の準占有者に対する弁済の規定を類推適用すべきであるとして債権の消滅を主張して争った事案である。

原審は、控訴人担当者が無過失であったとは認められないことを理由に、氏名不詳者に対する払戻等の効力を否定し、被控訴人らの請求を認容した(三割の過失相殺を行った。)。

二  事案の概要及び当事者の主張は、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、原審認定の事実関係の下でも、控訴人担当者のした払戻等は過失なくしてされた債権の準占有者に対するものとして効力を生じると判断する。その理由は、次項以下に説示するとおりである。

二  原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄中一1から同2(一)まで(原判決二三頁八行目から同三三頁五行目まで)を引用する。

三  原判決三三頁六行目以下を次のとおり改める。

「(二) 前記1において認定したとおり、要旨、氏名不詳者は、前記日時、控訴人千住支店の担当者Bに対し、被控訴人ら名義の総合口座通帳三通と押印された普通預金支払請求書三枚を提出し、支払可能額をBに尋ねた上でこれに額を記入し、通帳と支払請求書に押捺された印影について、Bが平面照合と重ね合わせ照合を、検印者Cが平面照合と印鑑照合機による重ね合わせ照合をそれぞれ行い、両者とも両印影は一致すると判断し、Bにおいて、支払請求書の一枚に記載された氏名が、「X1」でなく、「D」であることに気づかなかったものの、Cから指摘を受けて氏名不詳者に確認し、「間違って子供の名前を書いてしまった。」との説明を聞き、訂正及び押印をさせ、Bと交代したCは、氏名不詳者に対して金員を交付したというのである。両印影(通帳の印影と支払請求書の印影)を対比すると、両者は酷似しており、控訴人担当者による印鑑照合の手順を含む右認定の事実関係の下では、氏名不詳者に対する本件払戻しについて、控訴人担当者らには過失がないというべきである。

(三) もっとも、前記認定のとおり、当初貸付信託支払請求書を提出し、数分後に再度来店して普通預金支払請求書を提出し、他人名義の口座についてまで払戻しを請求し、一通の支払請求書の記名を誤り、払戻可能額をBに尋ね、使途を尋ねられて言葉を濁し、一五〇〇万円もの多額についてBから他の方法を勧められながら現金支払を求めるなど、氏名不詳者について、結果から見ると、不審を抱かせる事情も存する。しかしながら、支払請求の内容を変更することは、それだけでは、格別不審を抱くべき事情ともいうことはできないし、記名を誤った点についても、控訴人担当者の指摘を受けて氏名不詳者がした前記弁解を疑うべき事情もない(払戻しを受ける三通の通帳に該当する名前がないことは、格別意味を有しない。)以上、訂正させたことに咎めるべき点は見あたらない。他人名義の口座の払戻しについては、顧客の需要もあってかなり緩やかに行われている我が国の実情(公知の事実といって良い。)の下においては、直ちに、不審な取引と取り扱うことを銀行に求めることもできない。また、銀行取引について、現金引出カードの利用が普及し、本件においてもそうであるように、総合口座と称して複数の取引を一通の通帳ですることが可能となっている場合、普通預金の払戻しのみでなく、定期預金等を担保とする貸付などの利用も可能となっていることとも相俟って、利用者自ら、払戻可能額を知らないことは十分ありうる(公知の事実)のであって、右の点も格別異とするに足りない。本件において、払戻しの額は多額に上るものの、その理由を尋ね、顧客が言葉を濁したからと言って不審を覚えるべき事情に当たるものでなく、多額について現金支払を求めた点も、不審を抱くべき事情とも言えない。右各事実を全体として考慮しても、本件払戻しについて、控訴人担当者の過失を疑わせる程度の事情があったとまでいうことはできない。

3 以上のとおり、控訴人のした本件払戻しは無過失でされた以上、民法四七八条の類推適用により、有効であり、被控訴人らの普通預金及び金銭信託による預託金の各払戻請求権は消滅したというべきである。

二  以上によれば、被控訴人らの請求はいずれも理由がなく、すべてこれを棄却すべきである。」

第四結論

以上のとおり、被控訴人らの請求の一部を認容した原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決中、控訴人敗訴部分を取り消し、同部分についての被控訴人らの請求を棄却することとする。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 岩田眞 井口実)

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